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周りの人々に救われて、悪化した状態から徐々に復活してくると、そこではあいも変わらず「なにかしたいのになにもしたくない」状態が待っていました。 そして、ちょっとしたきっかけで、もしくはきっかけなどなくとも、時折ローダウンして苦しみ、数日でだんだん戻る、ということを繰り返していました。 こんな状態が一生続くんじゃないか、そんな風に思って焦燥感に駆られることもたびたびでした。 そうすると決まってローダウンへまっしぐらです。 しかし、病院の先生からも「うつはこの回復期が一番長いんです。ダウンしたときは辛いと思いますが、そうやって徐々に治っていくものですから、必ず治るということについては安心してください。とにかく焦りはよくないです。焦ると悪化してしまいます」と言われていました。 焦りはよくない。 わかってはいるんですよね。 でも、うつ病の回復期の状態で、「焦るな」と言われてそれを素直に実行できる人がいるとしたら、たいしたものだと思います。 僕には到底無理な話でした。 頭ではわかっていても、心は納得してない状態。 時は刻一刻と過ぎていき、休職している日数、月数も無情に伸びていくだけ。 始めは「猶予は2年もある」、と思っていたのが、そのうち「2年しかない」と思うようになり、また焦ってローダウン。 そして、ローダウンしていないときも、「これってもう治ってるんじゃ?」「実はもう復帰できる状態なのに、病気にかこつけて甘えているだけ?」という思いは払拭できず、それがまた次のローダウンを生む、という悪循環にはまっていました。 一体何度これを繰り返したのか、見当もつきません。 しかし、周りの人々の支えもあり、何とかしのいでいました。 このころ、妻が言ってくれた言葉は今でも耳に残っています。 僕が妻に対して、心配かけてすまない、というようなことを言ったとき、 「私は実を言うとあんまり心配してないの。いつも、なんとかなるさ、と思って生きているからかな。貴方はいずれ復職すると思うし、できなかったとしたらそれはそれで一時はこれからどうしていこうかって考えることはあると思うけど、それでも結局はなんとかなると思ってるから。だからぎっちょのつらさもよくわかってないんだと思う。鈍感なんだね(笑)」 僕にとっては、いつもと変わらない、あっけらかんとした妻が一緒にいてくれたおかげで、どれだけ助かっているか・・・。 もし妻が僕と同じようなタイプだとしたら、ひょっとしたら巻き込んでしまっていたかもしれません。 しかし、彼女が典型的な楽観主義者で、いつも「Let it be.」な人間だったことが、本当に幸運でした。 僕の場合、なぜか他のうつの方々によく見られる「イライラして周りに当り散らす」ということがまったくなかったからなのかもしれませんが。 これは今でも不思議に思っています。 当り散らすのは常に自分自身に対してで、周りにそれを向けるというのがどういう心境から来るのか、今でもよくわかっていないところがあります。 でも、かなりの方がそれを経験しているようですので、うつの症状としては一般的なのでしょう。 生きがいはコザクラインコだけ。 こいつだけは相変わらず癒しを与えてくれました。 まだ年若くして発情し、無精卵を生んでしまうなどのハプニングもありましたが、それすらも自分の苦しみを忘れさせてくれるイベントでした。 結局、2005年1月から3月の半ばくらいまで、そんな調子ですごしていました。 つづく |
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はじめまして。 |
くるぶし 2006/02/23 19:07 |
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