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そして3月下旬に、ショッキングな出来事が二つありました。 一つは、信頼し、慕っていた上司が、同じ本部内ではあるものの、別の部署に異動になるというものでした。 これを聞いた当初はかなりパニックになり、支離滅裂なメールを当人に向かって投げつけるという愚行を犯してしまいました。 しばらくたってからその非礼に気づき、できるだけ冷静に文章を綴ってお詫びした後、「できれば今一度直接会ってほしい」というお願いをしました。 メールではうまくニュアンスが伝わらないのと、直接会っても抵抗のない、数少ない人が一人減るというわけで、関係が切れる前にもう一度会っておきたかったのです。 彼は快く承諾してくれました。 そして、たっぷり時間が取れるように、わざわざ休日を選んでくれたのです。 当日は会うまでちょっと緊張しましたが、会ってからはいつもの調子で話をすることができました。 そして、そこでいろいろな本部内の内幕を聞くことができました。 やはり彼は、僕が復帰しやすくすめに、かなりいろいろな骨を折ってくれていたのでした。 そのおかげで、僕のストレッサーだった彼女は、同じ部ではあるものの、隣の課に異動することになったようです。 どうも、僕が休職した後も、立て続けに数人が彼女によってダメージを受けたため、上も放っておけなくなった、というのが真相のようです。 そんな彼に「なんでですか!? すごくショックで何も考えられません!」などと、いい年こいたおっさんである僕がメールを送ったことを、改めて恥ずかしく思いました。 しかし、後任の上司は、例の因縁浅からぬ先輩になるとのことでした。 まあこれは仕方がない。 何しろ一番のポイズンパースンはいなくなったし、この人は「話せばわかる」人だから。 おかげでなんとか、落ち着くことができました。 もう一つの出来事は、友人との行き違いがあったことでした。 彼は休職中の僕を時折訪ねてくれ、外界の人間と接する機会を与え続けてくれていたのですが、根本的なところで「うつ」という病を誤解しているところがあり、そして僕もうつであるが故の視野狭窄によって彼に決め付け思考を投げつけたことから、溝が深まっていきました。 そして、最終的にはお互いが理解できない、という状態のまま、会わなくなったのでした。 最後に彼に投げつけられた言葉が、僕にとってはあまりにも屈辱的であり、ほぼ復調した今でもそれを許しがたいと思う気持ちがとめられない以上、当分の間は没交渉でしょう。 僕がその「屈辱」を忘れ、彼と会いまみえる日がくるかどうかは、時間だけが知っています。 立て続けにショッキングなことが起こったためか、うつになり、休職して初めて、希死念慮が浮かびました。 「もう、死んじゃってもいいかな。めんどくさくなっちゃった」 抑うつ感もなく、淡々とした普通の気分で、そんなことを思いついてしまったのでした。 それはたった一夜の出来事で、それ以降は出てきませんでしたが、その先へ進まなかったことを今では本当によかったと思っています。 それだけの事が起きていながら、3月末から4月にかけて、とある劇的な変化が僕に訪れました。 つづく |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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はじめまして。 |
リエリン 2005/11/20 00:07 |
リエリンさん、コメントありがとうございます。 |
ぎっちょ 2005/11/20 10:23 |
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