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しかし株の方はそうはいきません。 初心者が誰もが通る道とはいえ、元本はじりじりと減っていきます。 実は、ここで少し儲けてバイクを買う資金にしよう、などと不遜なことを考えていたのですが、そんな欲が災いしたのか、だんだん負けが込んできて、中古だったら格安であればバイク買えたかも、というくらいの負け分になってきました。 それでも、あくまでも前向きな僕。 それまでに得られた知識や楽しさ、世の中への関心を持てたことを考えたら、安いもんじゃないか。 以前なら思いもよらない発想です。 5月に入っても調子のよさは変わりませんでした。 そのため、徐々に復帰のことを意識し始めました。 そろそろ、人馴れしておいた方がいいかもしれないな。 そう思い、いろいろな人とアポイントを取り、会うことにしました。 まずは新旧上司。 新上司は例の先輩であり、ストレッサーでしたが、そのことをどうしても本人に理解してもらう必要がありました。 でも、さすがに一対一は怖いので、旧上司にも同席してもらうことに。 とある土曜日、3人で待ち合わせて、まずは昼ごはん。 二人とも僕の変貌振りに驚いたようでした。 実は、この頃すでに筋トレの効果が現れており、5kgほどやせていたのでした。 しかも、脂肪の変わりに筋肉が取って代わっていました。 かなりやつれたように見えてしまったらしいのですが、事情を説明すると安心してくれました。 そして昼食後、場所を移し、思い切って話を始めました。 内容はここの「うつになるまで」、そして「休職してからの日々」で書いてきたものとほぼ同一。 始めはショックを受けていたようでしたが、頭の回転も速い彼はすぐに理解してくれました。 もちろん、あまり晴れ晴れとした顔はしてませんでしたが。 話を聞くと、以前にも似たような感じで、「貴方とは一緒に仕事ができません」と言われたことがあったようです。 「またやっちゃったみたい。へへへ」と自嘲的に笑う彼が、逆に気の毒に感じました。 でも言いたいことはすべて言えた。 これで復帰してもなんのわだまかりもない。 そして、妻の両親にも会いました。 自分の両親とは、それこそ月に1〜2回のペースで、電話やメールなどでコンタクトを取っていたのですが、すぐ近所に住んでいるにもかかわらず、妻の両親とは会えずにいたのでした。 ご両親は、はじめから明るく接してくれ、長くかかった僕の話をほとんど口もはさまずに聞いてくれました。 そして、話し終わり、「ご心配をおかけしてすみませんでした」と言ったところ、義父は、 「我々はぜんぜん心配していないよ。収入はうちの娘が働いているから心配ないし、仮にぎっちょくんが会社を辞めたとしても何とかなると思ってる。それに、ぎっちょくんのことは少しはわかってるつもりだから、時間さえかけてじっくり治せば、いずれはなんとかなると思ってるよ。今はつらいだろうけど、焦らないでじっくりのんびり休養をとるのが一番だよ」 義母からも、 「私たちが心配なのは、ぎっちょくんが辛い思いをしているなあ、ってことだけだから、あとは気を使わないでいいのよ。いくらでも時間をかけて、ゆっくり治してね」 二人の温かい言葉に、思わず涙が出そうになりました。 他にも、昔の同僚や、会社のカラオケ仲間とも会ったりして、久々に旧交を暖めました。 それでも、僕の気力は途切れることがありませんでした。 本も山ほど読みました。 それまで溜め込んでいた分を一気に消化するように。 それらのことは医者にもカウンセラーにも報告し続けており、「あと数ヶ月様子を見て問題なければ、復職のことも視野に入れられますね」という話が出始めました。 すべてが順調に回り始めた、そんな感じでした。 6月下旬に入り、念願のバイクも買いました。 すでに廃版車となった古いタイプの250ccの中古車でしたが、その見てくれのかっこよさに惹かれ、近くのバイクショップで入手したのでした。 株で稼ごうとここまで買わずにいたのですが、結局マイナスのままで、そろそろ乗車感覚を忘れそうだったので、元本から切り崩さなければなりませんでしたが、思い切って購入しました。 しばらくの間は何度も立ちゴケし、そのたびにブレーキレバーやクラッチレバーを折り、左右のウィンカーをつぶし、何度も交換する羽目になりましたが、返ってそれで自分で交換する方法も覚え、徐々に徐々に慣れていきました。 初めてのツーリングは往復160kmくらいの近場でしたが、とても楽しかったです。 そして、7月に入り、妻がずっと念願だった海外旅行にいくことになりました。 実は去年の7月も海外に行くことを決めており、予約までしてあったのですが、主治医の先生から「絶対にダメです。何でしたら私が電話で奥さんを説得しますよ」とまで言われ、泣く泣くキャンセルしていたのでした。 元々出不精で海外旅行に興味のない僕はほっとしたのですが、妻はかなりがっかりしていたようです。 しかし、「今の状態ならいいでしょう」今回は先生も言ってくれました。 そしていわゆる南の島系のリゾートへ行き、ほとんどお付き合いで出かけた僕も、たっぷり満喫して帰ってきました。 しかし、帰ってから、家族へ向けて旅行記のホームページを2日間でつくり(写真を見せに行ったりするのが面倒なので、旅行に行ったときはいつもそうしてます)、ほっと一息ついたその翌日、懐かしい、しかし二度と味わいたくなかったあの感覚が、あの形容しがたい状態が、足音を潜めて忍び寄っていたのでした。 それは今年、2005年7月中旬の頃でした・・・ つづく |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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おはようございます。 |
如月メイ 2005/11/20 10:07 |
メイさん、おはようございます。 |
ぎっちょ 2005/11/20 10:27 |
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